
Viewing Room
傘は玄関、眼鏡は枕元
ユ・ソラ
2025.11.15 Sat - 2025.12.13 Sat
この度、TEZUKAYAMA GALLERYでは11月15日より初のユ・ソラ個展「傘は玄関、眼鏡は枕元」を開催いたします。
1987年韓国・京畿道に生まれたユ・ソラは、2011年に弘益大学彫塑科を卒業後、2020年に東京藝術大学大学院美術研究科彫刻専攻修士課程を修了。現在は日本を拠点に活動しています。
ユ・ソラは、災害や事故などによって突然失われるかもしれない「日常」や「些細な時間」をテーマに、白い布に黒い糸で刺繍を施した立體・平面作品を制作しています。柔らかい布と繊細な縫い目によって形づくられる風景や日用品のイメージは、記憶の層に触れつつ、日常の在り方を考察する契機として提示されています。
ユ・ソラの作品は、紙や鉛筆ではなく、布と糸、ミシンを用いて制作されるドローイングと捉えることができます。鍵、椅子、ベッド、食器、部屋の風景など、日常的な物品や空間を題材に、それぞれの形や質感を通して時間や記憶、人の存在の痕跡を描き出していきます。柔らかな素材と繊細な縫製による表現は、対象が内包する感覚や印象を可視化する手法として用いられています。
本展のタイトルである「傘は玄関、眼鏡は枕元」は、日常の部屋に潜む「安心」と「不安」という二つの感覚に対するユ・ソラの関心を映し出しています。傘や眼鏡のように、生活の中で自然に寄り添うモノたちは、同時に私たちの不在や欠落を示唆しています。ユ・ソラが紡ぎ出す作品空間は、物理的な「家」と精神的な「居場所」が交錯する場であり、内と外、個と社会の関係を静かに浮かび上がらせます。
この機会にぜひ、ご高覧下さいませ。
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[アーティスト・ステイトメント]
大学入学を機に家族と離れ、ソウルの古い半地下の部屋で一人暮らしを始めた。リサイクルショップで揃えた古い家電と小学生の頃から使い続けてきた机。20歳なりの悩みはあったけれど、夢と幸せが溢れる部屋だった。その部屋が好きで、そこにいる自分のことが好きで部屋の中を描き始めた。
居心地のよい部屋のかたちは人それぞれ。ベッドや椅子の上に物が積まれていても床がきれいなら落ち着く人もいれば、床には物があっても机の上は整っていなければ落ち着かないという人もいる。私が描く日常が主に「家の中」のものに限られているのは、自分にとって最も安心できる場所だと思ったから。夜遅く帰って朝早く仕事に出る人でも、家は人を受け入れ、緊張をほどく空間である。気持ちがささくれたり、不安を抱えたりする日には、部屋の中も乱れてしまう。散らかった部屋を片付けると、少し心が落ち着くことがある。
「安堵」と「安心」を形にすると、それぞれの人にとっての「部屋」になるのではないかと思っている。私はそんな「安心」である部屋を描き始めたが、いつからか「不安」を語っている。
人の命や日常が突然消えてしまうという出来事は、世界のどこかで、あるいはすぐそばで今も起きている。災害、事故、感染症、戦争̶̶それらは人の力では抗えない。自分自身にも、いつ何が起こるかわからないという恐れと不安は、ずっと胸の底に沈んでいる。子どもが生まれ、守りたい幸せが増えた分、恐れも倍になった。時々、ほんの小さなことでも不安は浮かんで来て日常を揺らす。いつも同じ顔、同じ場所で自分を待っていると思った日常は、まるで紙でできた建物のように脆いものだった。
今は自分の部屋を描くより、どこにでもあるような部屋の風景を探している。誰もが自分の日常を重ねられるように、色を使わず、どこかの誰かが「いつもどおり」に繰り返していることについて考えた。傘は玄関、眼鏡は枕元に。くしゃくしゃのレシートや洗濯バサミが転がっていて、読まずに積み重ねた本の上にものが乗っている。「みんな、同じだね」と、少し安心する一方で、部屋の輪郭を縁取る糸は、人が近づくとわずかに揺れ、もし間違えて引っ張ってしまえば、すべてが真っ白に消えてしまいそうな危うさも同時に宿している。人によって不安の大きさも、その感じ方も違って、この白い部屋の中で「安心」だけを見つける人もいる。
どうしても消えないものであれば、私はその不安と向き合い、目を合わせ、手を繋ごうと思う。不安と安心をうまく付き合わせようと思う。同じような不安を抱えて生きる人々と、少しでも分かり合えたらと。そんな思いで、白い部屋を作り続けている。
ユ・ソラ